外国産業財産権侵害対策等支援事業
印刷用ヘッダー

知的財産権、著作権およびこれに関連する権利の行使

はじめに

総論

4.1  意味のある知的財産権制度であるためには、利用しやすく、十分な機能を果たし、かつ、十分な資金を与えられた権利保護のための枠組みが絶対的に必要である。技術の発展により、保護される権利に対する侵害が過去かつてない程に助長されている現代の状況下において、特許権者が自らの権利を効果的に行使できないのであれば、権利を認可したり認可に関する情報を周知させるための制度について、詳細や全体的な事項を定めても意味がない。特許権者が、自らの権利に対する継続的な侵害を防止したり、侵害により被った損害を回復するためには、侵害者に対し法的措置を講じる権利が認められなければならない。さらに、特許権者には、偽造品の取締りを国の当局に対し訴える権利が認められなければならない。

4.2  すべての知的財産権制度は、適切な背景知識や経験を積んだ裁判官を十分に確保し、民事上の不法行為と刑事犯罪の両方に対処する強固な司法制度によって支える必要がある。知的財産をめぐる紛争は、主として民法に基づく争いであり、司法制度においては、公平に手続きを進めるだけでなく、迅速に進めるためのあらゆる努力をしなければならない。権利行使のため、そして他人に対する権利付与に異議を申し立てるための適切な制度がない知的財産権制度など、何の価値もない。

訴訟の回避

4.3  先に他社が取得した権利によって事業を進めることができなくなった競合業者は、通常、合法的な方法で、すなわち先に付与された特許の保護範囲を迂回する方法を考案することによって、問題を回避し、またはこれを克服しようとする。もうひとつのアプローチとしては、友好的な方法でライセンスを受けるか、交渉により何らかの契約を締結するという方法がある。競合業者と契約を締結する場合には、競争のゆがみを回避することを目的にした競争政策に基づく規則に反しないよう、十分に配慮しなければならない。これは、通常、ライセンス契約に反競争的あるいは不合理な条項が含まれないようにすることを意味する。

4.4  他社の権利により影響を受ける側の企業は、その権利の範囲はどこまでか、そしてその権利は果たして有効なのかについて、細心の注意を払って判断を行う。これにより、特許権者側にとって特に重要な点が浮かび上がってくる。クレームがきちんと権利範囲を記載しているか、発明を開示する記載内容により適切に裏付けられているかという点である。特許クレームは、従来技術と保護されるべき主題とを明確に区別できていなければならず、欲張りすぎても、控えめすぎてもいけない。うまく作成された特許文書は、それ自体で潜在的な侵害者を抑止する十分な効果を持つ場合が多い。同じことが商標権や意匠権など他の権利についても言える。

4.5  特許権者は、自分の権利を守る責任を自ら負わなければならない。自社の製品販売を行う、自社のサービスを提供する、あるいは自社が有する製法が使用されるなどの工業・商業市場に常に目を光らせていなければならない。競合業者の動向にも敏感でなければならない。明らかな侵害を発見した場合であっても、必ずしも意図的な侵害と決めつける必要はない(もっとも、侵害物が一見して明らかなコピー品や偽造品であれば、ほぼ間違いなく意図的な侵害である)。特許権者はまず、競合業者に対し、自分の権利の存在を明らかにするべきである。多くの国では、特許や意匠、商標に関する法の中で、権利者は、侵害を主張する根拠がない場合、あるいは侵害の根拠となるべき権利が期間満了により失効している場合には、競合業者や販売代理店に対し訴訟を起こす可能性などを示唆してはならないと規定している。しかし、権利者は、侵害者が爾後、不知の抗弁を主張できないように、単に自己の権利に対し注意を喚起するための書簡ならば送ることができる。

4.6  権利を保護・行使する上で、交渉を行うことは重要な意味を持つ。交渉を進める過程で、侵害者が納得して自らの行為を改める可能性もある。交渉の中で、侵害が疑われる当事者が、権利侵害をしていないと主張したり、根拠となる権利にはロイヤルティ料を請求できるほどの価値がないと主張する可能性もあれば、提示されたライセンス条件に納得できないと主張することも考えられる。そうした場合、交渉を調停人の手に委ねること、あるいは争いについて仲裁に服することを提案してみるのも検討に値するだろう。もちろん、両当事者が仲裁人の裁定に従うこと、そしてその旨を契約で定めておくことが必要である。

知的財産権の行使(一般)

工業所有権の監督官庁でなされる措置

4.7  工業所有権を監督する官庁(特許庁)は、工業所有権制度の運営において、司法に準じた機能を有し、特許庁で審査中または付与された権利の有効性を争うための手続きの場を提供していることが多い。これらの手続きは、異議申立手続きと呼ばれることが多い。

4.8  「異議申立」とは、広義では、権利付与につながる手続きと、付与後にその有効性を争うための手続きの両方について、特許庁において第三者が申立を行えるよう、誰でも利用可能なあらゆる可能性を含んでいる。異議申立の可能性が高いのは、特に特許や商標のように登録可能な権利に関連する分野である。なぜなら、登録の是非が争点となるからである。一方、著作権やそれに関連する権利に関連して異議申立がなされるケースはほとんどない。これは、ほとんどの法域において、保護対象となる著作物が創作された時点で、自動的に著作権が生じるというシステムがとられているという事情による。

4.9  各国が異議申立のための制度を有するのはなぜなのか? それは、いかに厳格な審査制度を有していたとしても、国は、付与した権利が有効なものであると100%保証することができないからである。先に存在する権利を見過ごす可能性や、明細書の記載内容を誤解してしまう可能性は、常に切り離すことができない。多くの国の制度は、特別に厳格な基準を有しているというわけでなく、先に存在する権利と抵触するにもかかわらず新しい権利が付与される可能性も高い。したがって、先に存在する権利の権利者には、いずれかの段階で異議を申し立てる権利が認められなければならない。このようなことは、裁判所についても適用されるのは当然であろう。誰のためにも、異議申立手続きは、なるべく単純明快で、迅速かつ低費用で行うことができるのが望ましく、可能な限り権利期間の早い段階でなされる方がよい。したがって、多くの制度では、異議申立内容の検討は、裁判所のみならず、司法に準じた機能を持つ国の特許庁で行われている。付与前の異議申立手続きについては、例外なく特許庁で行われる。

4.10  特許出願の対象となる商品と同じ特徴を持つ製品の製造を行っている競合業者などの他人が、自己の事業に影響を与える可能性のある特許が申請中であることを知る最初の機会は、最初の公開日、すなわち優先権主張日の18カ月後である。各企業は、自社特許を有している場合には特に、競合業者や市場の動向に常に目を配り、何よりも、特許庁発行の公報や公開された出願内容を精査することにより、利害関係を有する分野で申請されている特許出願について目を光らせる必要がある。自社が保有する特許の範囲に該当する技術開発について、競合業者が特許による保護を申請していないかという視点だけでなく、一般に知られる技術や他社が特許を有している技術について特許を申請しようとしていないかという視点を持つことも重要である。また、出願書類と一緒に公開されるサーチレポートによっても、審査段階で検討される先行技術を知ることができる。

4.11  いくつかの国の制度においては、特許が付与される前に正式に異議申立手続きを行うこと、あるいは特許が付与すべきか否かについて、第三者が意見を述べるための機会が認められている。こうした付与前に行われる異議申立手続きの問題点は、しばしば特許取得に著しい遅れが生じることである。これはすなわち、侵害の追求をするために認可特許を必要としている特許権者が、侵害者に対する法的措置を迅速に終わらせることができないということにつながる。

4.12  特許付与後の異議申立手続きの場合、十分な余裕をもって申立を行うことも重要である。申し立てるのが遅すぎる場合、後に付与された特許の特許権者側が、先に付与された特許の特許権者は後の特許を黙認したのであり、よって、申立を行う権利がないと主張する可能性もある。その場合、後の特許の保護範囲である製品や製法に対し、先の特許権を行使することが難しくなることがある。

4.13  米国などいくつかの国では、異議申立についての規定がない。しかし、付与された特許につき利害関係を有する第三者は、特許庁に対し、再審査の申立を行うことができる。この場合、申し立てた第三者は、再審査手続きの直接の当事者とはならないが、最初の審査において見過ごされた従来技術を審査官に指摘することができる。再審査の結果、特許が拒絶されるか、より狭い権利範囲の特許になる場合がある。

4.14  また、特許庁に十分な専門知識がないために、異議申立に関する規定がないという国も多い。これは、実体審査が行われないフランスなどの国々に多くみられる。この場合、競合業者の特許を取り消させたり、修正させたりするために唯一残されている可能性は、裁判所に取消しを申し立てるという方法である。

4.15  商標の登録については、登録前の異議申立が認められている国が多い。商標は、登録される形式で公開され、異議申立期間が短い。一般に、商標についての検討は、特許に比較して単純明快で、ずっと迅速に行うことが可能である。英国では、商標に対する異議申立がほとんどないが、これはおそらく、先に存在する権利の調査を伴う厳密な審査が行われることによると考えられる。他の国々、たとえばドイツでは、審査過程で正式な調査が行われないため、異議申立が頻繁に行われている。先に登録された商標の権利者が、その自己の権利を考慮するよう特許庁に申し立てる唯一の方法が異議申立手続きということである。

4.16  多くの国では、商標の登録後、侵害を受けた当事者が特許庁に対し、登録取消しの申請を行うか、登録商標の変更を求めることが可能である。主としてこの申立の根拠となるのは、その商標の不使用である。

4.17  登録意匠については、登録前の異議申立に関する規定がない場合であっても、利害関係を有する当事者は、登録官庁に対し登録の取消しを求めることができる。

民事裁判手続き

4.18  友好的な解決をはかる努力にもかかわらず、権利者が、現在および将来にわたり自社の市場を保護するためには侵害者に法的措置を取らざるを得ない判断する状況が生じることもある。ほとんどの法域において、この手続きは民事裁判で取り扱われている。たいていの場合、たとえば、行使しようとしている特許の権利範囲が、実際に特許でクレームされている範囲と同じか、さらに、主張されている侵害が本当に有効な範囲に含まれているかという点が最大の争点となる。商標においては、さらに、登録される範囲について、そして主張されている侵害に十分な類似性が見られるかについて争われる。侵害者らは、それらの点に関し、自分たちがきちんと論拠のある主張をしていると本当に信じている可能性もある。特許侵害事件の場合は、そっくりそのまま模倣されているというケースはあまりなく、たいていの場合、間違いなく特許で保護されている発明概念を利用していると判断されるケースである。特許侵害事件では、一般に、主観的な主張が提出されるために、絶対的な事実関係よりも専門家意見に基づく解決が必要であるという事実に鑑み、特許侵害事件を刑事事件として扱わない国がほとんどである。

4.19  特許侵害事件において、特許権者は、直接の弁護士を通じて、主張される侵害者に対し訴状が送達されるよう手続きを取る。その訴状の中で、原告である特許権者は、主張される侵害の性質および求める救済の内容を明記する。たいていの場合、損害賠償に加え、主張される侵害者(被告)に対し侵害の継続を禁止する差止め措置の請求がなされる。一般に、被告側は、訴状を認め、争う意思を通知する。争う意思がない場合、原告は、ただちに確定判決または中間判決(事件に対する判決ではあるが、損害賠償額などの問題について変更の可能性を残す)を受けることができる。被告側が争う姿勢の場合で、裁判外で紛争を処理することができないか、即時解決することができない場合、クレームの重要な事実(原告側)および抗弁または反訴(被告側)をそれぞれ述べた訴答書面の交換が行われる。訴答の目的は、紛争における争点を正確に定義し、合意事項または無関係な事項を除外することである。訴答書面のやり取りで、時には数カ月も要することもある。反訴の内容が、特許の無効を申し立てるものである場合、特許権者は、これについても争わなければならない。訴答が終了したら、原告は、正式事実審理準備指図のための召喚状を交付する。裁判官により召喚がなされると、証拠開示手続き、文書の閲覧および正式事実審理の準備一般についての取り決めがなされる。書類閲覧の通知を反対当事者に送付する場合には、裁判所の許可が必要となる。同様に、書面による一連の質問という形式をとり、反対当事者が宣誓書(宣誓供述書など)に従い回答を求められる質問書を正式事実審理前に当該反対当事者に送付する場合にも、裁判所の許可が必要である。

4.20  実際には、正式事実審理まで進むケースは極めて稀で、ほとんどは時間、労力、費用の面から正式事実審理前に解決に至るという点は注目に値する。

4.21  複雑な技術が絡む事件の場合、専門家証人が招致されたり、原告・被告双方から主尋問や反対尋問がなされるなど、裁判に時間がかかることが多い。裁判官は、判決理由の中で、様々な判断を示している場合がある。差し止め命令に加え、侵害に対する損害賠償、すなわち侵害行為により失われた売上や市場を賠償するための支払いが命じられる場合もある。損害賠償金の支払いに代えて、特許権者に(その特許に基づく)利益の譲渡が命じられるケースもある。侵害行為の結果として被告が得た利益は特許権者に譲渡されるという命令が下される場合もある。被告に対し、特許発明を組み込んだ製品または事物を特許権者に提出する、あるいはこれを破棄するという命令を下す場合もある。最後に、特許権者は、特許が有効であり、侵害がなされたという宣言的判決を求めることができる。

刑事手続き(模倣品のケース)

4.22  すでに述べたように、特許訴訟というのは基本的に侵害に関する民事訴訟である。商標や著作権に関するケースでも、通常の侵害訴訟であれば、すでに説明した民事訴訟手続きが適用される。しかし、重大な刑事上の不法行為である模倣が問題になるケースもある。ある業者が権利者の承諾なしに、あるいは不正な手段でコピー品を作成し、「知りながら」商標を付して商品を製造・頒布または販売する場合がこれに該当する。

4.23  模倣品を監督官庁に知らせるには、いくつかの方法がある。販売代理店や小売店が模倣品の取引を行っている事実が権利者自身の知るところとなり、権利者が警察に訴えることもある。また、商標関連法に基づき、模倣品取引業者に対する処分を行う権限を特に与えられた法執行官により模倣品が発見される場合もある。こうした法執行官の権限が、著作権に対する侵害行為までカバーしている国もある。有罪判決が下されれば、取引業者には過酷な課徴金が課され、すべての侵害品が差し押さえられるのが通常である。カセットテープやCDに録音された音楽など、著作権で保護されている著作物については、通常、警察が法を執行する権限を有し、正当な権利者の訴えに基づき手続きを進める。警告を発してから24時間もかからずに令状を取得し、真偽のチェックを行うケースも珍しくない。

4.24  模倣品に対処するもうひとつの方法として、輸入品が陸揚げされる港湾で対抗措置を取るという方法がある。商標の所有者が、模倣品の積荷が国内に陸揚げ予定であるという事実を掴んだ場合、税関当局に対し警告を発することができる。税関当局は模倣品を待ち構え、到着次第これを押収し、輸入業者に対する刑事手続きを進めることができる。

特許権の行使

4.25  多くの国の特許制度において、特許権は、特許発明の製造、販売および使用を防止するために、裁判により執行可能になる権利である。多くの人々が誤解しているような、特許発明を実施するための権利ではない。発明の不正な製造、販売または使用を中止させるためには、その旨を裁判所に申立、それに基づき裁判所が適切な命令を発し、侵害を止めさせるという手順を踏む。しかし、実際には、手続きはそれほど単純明快に進むわけではない。

特許の権利範囲の判断

4.26  特許権の行使を検討する場合、特許権者は、まず自己の取得特許の保護範囲を吟味する必要がある。現在では、すべての特許制度の特徴となっているが、特許には、クレームまたは発明の記載を含んだ明細書、またはクレームまたは必要な図面が含まれる明細書(各国特許法で定める用語に従う)が必要である。いずれの制度でも、クレームが決定的な要素となる場合がほとんどである。なぜなら、出願により保護を求め、結果的に認められる権利範囲を決定するのはクレームだからである。明細書、あるいは発明の記載や図面をクレーム解釈のために利用することができる。クレームは、これらの記載事項や図面により完全に裏付けられている必要がある。

4.27  多くの発明者は、自分たちに代わり明細書を作成してくれる特許弁護士(弁理士)のサービスを利用している。発明者が明細書を理解できない場合もあれば、特にクレームを理解できない場合すらある。特許権者が、国内で自己に認められている排他的権利についての知識をいくらか持っているとしても、対応特許取得により他の法域で認められる権利内容を正確に知っている特許権者は極めて少ないだろう。特許権者が特許の権利範囲について初めて本当に理解するのは、その行使を検討するときという場合も珍しくない。

4.28  こうして、特許権行使の根拠は、発明者やその特許弁護士が特許明細書の作成を行う特許取得プロセス開始時点で確立されるのである。特許庁での審査過程で、出願時の言葉遣いを修正することができる。しかし発明者は通常、保護範囲を狭めるような修正には反論を提出する。なぜなら、保護範囲が狭くなれば、競合業者が侵害を回避しやすくなるからである。もしも競合業者が、発明と同等の機能を有しながら特許を侵害していない製品を容易に市場に供給できるとしたら、特許の商業的価値は極めて限定的にならざるを得ない。特許庁の審査官は、出願人が拒絶通知を回避するにあたり、クレームの補正を一貫して受け入れず、意見書の提出で回避しようとしているような場合には、この点を留意しなくてはならない。補正に同意すれば早期に特許が付与されるとしても、それにより特許の商業的な利用価値が疑わしいものになる可能性もあるからだ。

有効性判断と特許侵害

4.29  特許権利の範囲について判断を終えたら、次に特許権者がすべきことは、侵害の有無を判断することである。特許訴訟という経済的リスク、訴訟の中でも膨大な時間と労力、そして費用負担を覚悟しなければならないこのリスクを負う前に、特許権者は、よほど資金が潤沢にあって費用の心配をする必要がない場合を除き、勝訴の見込みを予測してみる必要がある。

4.30  侵害の問題が、単独で検討されることはほとんどない。他の知的財産権同様に、特許の侵害についても、影響を受けるのは紛争の当事者に限定されない。影響は広く一般大衆にも及ぶのである。このため、無効であると判断された特許権を行使することはできないと一般に考えられている。審査過程においてなされる特許出願の審査にもかかわらず、認可された特許の有効性を保証している特許制度はない。したがって、特許権の行使にかかる訴訟では、被告は通常、非侵害の抗弁に加え、しばしば反訴という形で、特許無効であり侵害があったとしても行使不能であると主張する別の抗弁を行う。いくつかの法域では、侵害と有効性の問題について一緒に審理を行っている。有効性の判断について、他の審理と一緒に審理に付される国もあれば、別の裁判所により審理される国、あるいは特許庁に委ねられる国もある。

4.31  無効な特許は行使不能であるという原則により、特許訴訟の被告は通常、手続きのいずれの段階においても無効の証拠を提出することが認められている。さらには、正式審理に入ってからも証拠提出を認めている国もある。その結果、特許権者の立場は、特許権行使の手続き過程の中で、被告が行った調査により有効性に関する証拠が見つかることにより、立場が弱くなる傾向にある。

4.32  すでに述べたように、侵害の決定にかかる裁判所の役割は、特許により定義される権利範囲の判断と、疑われる侵害がその判断に基づく範囲内のものであるかという判断を行うことである。有効性の判断において、裁判所(または有効性の判断を行うその他の機関)は、侵害判断のために定義された権利範囲と同じ範囲を用い、被告が提出した証拠に基づき、特許権者が主張する権利範囲について特許が無効であるかについて検討を行う。この2つの判断において、ほぼ確実に、異なる問題が浮上してくる。いずれの問題についても、スタート地点はクレームの表現である。

4.33  しばしば問題になるのは、クレームの実際の表現が、必要であれば明細書(または発明の記載および図面)の裏付けにより、侵害が主張されている主題を組み込んだ発明を定義しているかという点である。たとえば、クレームに発明の特徴として「バネ」が含まれているとする。侵害が主張されている装置にバネが含まれておらず、代わりに、ある程度バネの役割を果たす硬質ゴムのチューブが取り付けられているという場合、それが侵害であるといえるだろうか? この問題の取扱いは、発明を定義する手続きを発展させてきたそれぞれの方法により、各国ごとに異なるだろう。さらに、意見書に記載される技術的な事項について、上記の例でいえば、ゴムチューブを「バネ」の範疇に入るとみなすべきかどうかという点について、裁判所が専門家の意見を求める国も多い。

4.34  特許侵害事件において、技術的内容が極めて複雑なケースは多い。技術的事項に関する争点を解決するには、1名または複数の専門家証人の意見が求められるだけでなく、実験的な証拠が必要となる。たとえば、エアプラズマ切断トーチにより構成される発明に付与された特許が侵害されていると主張する事件において、クレームには、トーチの操作中にトーチ内で何が起こっているかについて述べた特徴が記載されていた。侵害を立証するためには、トーチ内におけるプラズマエアの温度勾配を定義するために実験を行う必要があった。トーチ内に挿入されたプローブがトーチ内の空気の流れを変化させ、それにより温度勾配が変化する。評価を行うためには、熱映像を用いた方がよいが、設置に高額な費用がかかる。一方当事者が実験を行えば、反対当事者は、その実験の真偽を評価するため、あるいは最初の実験結果が不適切であることを実証するために、自分たちも実験を行わざるを得ないと感じるだろう。

4.35  裁判所は、提出された意見書により、またその意見書を裏付ける専門家証言や実験的証拠により、侵害の有無の判断を行うことになる。しかし、特許にはクレームが2つ以上含まれるケースがほとんどである。クレームの数が多いほど、特許権者が侵害を防止できる可能性が高まる。もしも、クレームの1つが無効と判断されても、特許権者は、別のクレームが有効であり、そのクレームについて侵害が生じているならば、侵害を抑止できる可能性が残っている。訴訟中の特許に複数のクレームが含まれ、特許権者がそれぞれのクレームについて侵害を主張する場合、裁判所は、各クレームが侵害されているか否について個別に検討しなければならない。

4.36  有効性について争う場合においても、同様の専門家証言および実験的証拠が求められる場合がある。上述の「バネ」の例を使って説明してみると、被告側は、特許日の前にすでに、バネと類似する点のある伸縮性のある物質を使用する方法がすでに知られていたことを証明することができるという場合があるかも知れない。侵害の判断の場合と同じく、裁判所は、すでに知られていた情報によって、クレームが無効となるかを判断しなければならない。この判断については、すべてのクレームについて行う必要がある。

特許訴訟の費用

4.37  侵害および有効性に関連する証拠の提示が書面でなされるか、正式審理の中で口頭でなされるか、あるいはその両方であるかにかかわらず、特許紛争の当事者は、問題の検討や裁判所提出物の準備に膨大な時間がかかることに気付く。正式審理にまでたどりつくのは、主に判断の難しい微妙なケースが多い。このことは、有利な判断を得たいと切望する各当事者が提出する意見書が膨大な量にのぼることにもつながる。その裁判費用の高さからほとんどのケースにあてはまるが、商業的価値の高い分野における特許紛争であればあるほど、当事者は、裁判に有利に働くと考えられるものであれば、どんな細かな周辺事項でも意見書に盛り込もうとする傾向がある。こうしたことの積み重ねによって、裁判費用は跳ね上がる。

4.38  このことは、特許権の行使において極めて重要な意味を持つ。裁判の開始時点で、いかに慎重に費用の見通しを立てたとしても、裁判の進展に従い新規事項が追加されるにつれ、間違いなく上方修正を迫られることになる。特許権の行使、あるいはその行使に対する防御は、当事者らが商業的利益を得たいと望んでいるからこそ、言い換えれば、利益を上げる目的で行うものである。この利益については、常に訴訟費用との兼ね合いで見直しを行う必要がある。

著作権およびこれに関連する権利の行使

はじめに

4.39  著作権および関連する権利を行使するための国際的な基準は、近年大きく発展を遂げた。この発展の原動力となったのは、主に次の2つの要素である。第一に、最新のデジタル技術の発展など、保護対象となる著作物を作成および使用(権限を与えられているか無権限かを問わない)するための技術的手段の発展である。デジタル技術の発展により、著作権およびこれに関連する権利により保護される著作物など、デジタル形式で存在する情報であれば、完璧なコピーを送信および作成することが可能になった。第二に、国際取引の分野において、知的財産権で保護される商品やサービスの経済的な重要性が増しているという点である。つまり、保護される知的財産権を実施している製品は、現在、ビジネスとして世界中で盛んに取引されている。

著作権および関連する権利についての国際条約に規定する権利行使条項

4.40  WIPOが管理している著作権および関連する権利についての国際条約には、権利行使についての詳細な規定はないが、加盟国は、権利行使のための十分な手段を提供する義務を負うことが明確に定められている。ベルヌ条約には、特に権利行使について、第16条(1)項および(2)項、ならびに第13条(3)項の2つの規定がある。これによれば、著作権の保護を目的とするベルヌ同盟のすべての国では、著作物の侵害コピーは、たとえその著作物が保護対象とならない国、または保護期間が経過している国から持ち込まれたものであったとしても、差し押さえの対象となる。また、第13条(3)項では、その国の著作者または著作権者から輸入の承諾を得ずに輸入された音楽著作物の録音物コピーの差し押さえについて規定している。

4.41  ベルヌ条約、ローマ条約およびレコード保護条約には、さらに、加盟国に対し、適切な権利行使手段の整備を間接的に求める規定が定められている。たとえば、ベルヌ条約第36(1)条は、「本条約加盟国は、自国の憲法に従い、本条約の適用を確実に行うために必要な手段を講じることを約束する。」と規定し、同(2)項で「1国が本条約に加盟する場合には、自国の国内法に従い、本条約の規定に実効性を与えるための措置を講じる義務を負う。」と定めている。同様の条項がローマ条約第26条(1)項および(2)項に規定されている。レコード保護条約第2条では、各加盟国に対し、レコード製作者の承諾を得ない無断複製(コピー)、およびコピー品の輸入および販売からレコード製作者を保護することを義務づけている。同条約第3条は、上記の義務の実行方法について、各加盟国の判断に委ねており、各加盟国は、著作権またはその他の特定の(「関連する」または「隣接(する)」)権利、不正競争、または刑事上の制裁に関する措置の中から、1つまたは複数の措置を講じる。

権利行使の国際基準の発達

4.42  当然のことながら、上記のベルヌ条約、ローマ条約およびレコード保護条約の各条項を順守するためには、各加盟国の国内法に基づき適切な権利行使手段が定められていなければならない。上記の各条項だけでは、適切かつ近代的な権利行使のための基準について、各国政府に必要な指導を行うことができないことが明らかになってきた。このため、権利行使の新基準を発達させる試みが多方面で始まっている。WIPOの活動もそのひとつである。

4.43  WIPOは、1980年代初頭から、権利行使の問題について集中的に取り組んできた。以下に簡単な概略を示す。2度にわたる違法コピーに関するWIPO世界フォーラムが開催された(1981年および1983年)。視聴覚著作物、レコードおよび印刷された著作物の違法コピー撲滅措置に関し、各著作物の分類ごとに開催された一連の会合の中で広範かつ詳細な提言がなされた(1986年から1988年まで)。専門家委員会が招集され、違法コピーおよび模倣品対策に関する討議が行われた(1988年)。国際事務局が策定し、専門家委員会で討議された(1989年および1990年)「著作権に関するWIPOモデル法」において、前述の討議(1988年)で提案された対策が取り入れられた。専門家委員会が検討を行った「レコード製作者保護に関するWIPOモデル法」案において、詳細な権利行使条項が規定された(1992年)。この規定には、民事上の救済および刑事上の制裁措置において、保全措置に加え、著作権保護に使用される技術的措置の乱用に対する制裁案が含まれている。

4.44  上記すべての1980年代以降の活動から得られた経験は、ベルヌ条約プロトコル作成を目指す専門家会議(1991年~)の作業にも、実演家およびレコード製作者の権利保護に関する国際機関設置に向けての動き(1993年~)にも反映されている。当然のことながら、両委員会における討議では、権利行使条項がはっきりと象徴的に扱われていた。これらの努力ひとつひとつが1996年の外交会議で実を結び、WIPO著作権条約およびWIPO実演・レコード条約(これについては第5章で述べる)の採択へとつながった。いずれの条約にも、権利行使条項が規定されている。

権利行使に関する国内法規

4.45  適切な保全措置が利用可能かどうかという点は、著作権を行使するための制度において欠かせない要素である。これらの措置のもっと重要な目的は、侵害行為を防止し、侵害コピーを差し押さること、これに加えて、さらに侵害を継続するために使用される複製用の装置や器具など、本質的な証拠とみなされ、かつ、裁判所の管理下に置かなければ証拠隠滅などの可能性があるものを差し押さえることである。これらの措置は、事前に被告側に通知することがむしろ逆効果であることから、一方的な申立により利用可能でなくてはならない。

4.46  特に、侵害や侵害の継続を止めさせるためには、権利者側に一時的な予備的措置が認められる必要がある。さらに裁判所には、無断使用の疑いがある著作物コピーその他の保護対象物、梱包資材、複製を行うための装置、および当該コピーに関連する文書、勘定または商業手形について、調査、一時的保全措置、および押収措置を命じる権限が与えられなければならない。

4.47  民事上の救済の目的は、(1)侵害による損害を賠償すること、(2)侵害コピー品を適切に処分(主に破棄、または通常の商業ルート外の方法による処分)すること、(3)侵害行為に使用される装置を適切に処分すること、および(4)さらなる侵害を防止するために差し止めによる救済を認めることである。上記の救済は、侵害が故意または営利目的によるかを問わず、いつでも利用可能でなければならない。

4.48  民事上の救済は、必ずしも十分な抑止力を持たない場合がある。侵害が事業として行われるようになれば、裁判所や法の執行を担当する監督官庁の助力で1つの工場が閉鎖されたとしても、別のどこかで工場が再開されるにすぎない。故意または営業目的の侵害は、刑事上の制裁で罰せられる必要があり、その制裁の程度は、著作権の侵害が重大な不法行為であることを明確に示すものでなければならない。通常は、営利目的による過失侵害にも刑事上の制裁が適用される方が望ましいといえる。なぜなら、故意による侵害の立証は、困難な場合が多いからである。侵害が常習的に行われている場合に、刑罰を重くすることも正当な措置と認められる。実際に利用可能な刑事上の制裁は、罰金と禁固刑からなっている。各ケースに応じて、裁判所は、侵害者に対し罰金と禁固刑の両方を課す権限を有している必要がある。

4.49  ケースによっては、コピーを防止できる唯一の実際的な方法が、いわゆる「コピー防止機能」または「コピー管理システム」の利用である場合がある。これらは、コピーの作成を完全に防止するか、コピーの品質を悪化させ使用不能な状態にする技術的な装置を組み込んだシステムである。あるいは、復号化装置(デコーダ)なしでは暗号化された有料テレビ番組の放送を受信できないようにするための技術装置が使用されるという場合もある。視聴を希望する場合には、このデコーダを購入するか、レンタルするしかない。しかし、コピー防止機能やコピー管理システム、あるいは暗号化・復号化システムを巧みに回避するための装置を作り出すことも、もちろん違法ではあるが、技術的に可能である。こうした装置が製造または輸入され、不正に販売された場合、通常の著作物利用の基盤が損なわれ、著作物の著者や著作権者が重大な損害を被る可能性がある。これらの不正な行為は、保護される権利を侵害するものであり、他の権利に対する侵害と同様の制裁を受けるべきである。

水際措置

4.50  違法コピーは、国内に限定的な活動、つまり1国で製造された侵害コピーがその国で販売されるというのでは決してない。違法コピーというのは、極めて国際的な行為でもあり、膨大な数量の侵害コピーが1国で製造され、それが他国に、時には地球の裏側にまで出荷される。他国に出荷される違法コピーの数量は、正規のビジネスに深刻な影響を及ぼし、国際企業がその国の市場から撤退したり、その国のタレントのレコーディングやプロデュースに使うべき投資資金をほとんど使い果たしてしまうまでに拡大している。このため、侵害コピーが市場に入ってくるのを阻止するための権限は極めて重要な意味を持ち、その権限を与えるための条項は、現代の著作権法の不可欠な特徴となっている。この主題については、以前から多くの関心を集めてきた。TRIPS協定第51条から60条まで(本稿の第5章を参照)の条項は、水際措置について規定している。さらに、世界税関機構は、それらの措置について権利行使するためのモデル法を作成した。

4.51  水際措置は、侵害コピー(あるいは正当な権利に基づくコピーであっても輸入権に違反するもの)が自国に持ち込まれるのを阻止することを目的としている。水際措置は、侵害を迎え撃つために有効な手段である。その理由は、侵害コピーの販売を防止するなら、コピー品が自国に持ち込まれ、流通に置かれた後よりも、水際で行った方がずっと容易であることが圧倒的に多いからである。水際措置を実施するのは、一般に行政当局(税関当局)であり、司法当局ではない。この問題に関する国内法制をみてみると、たいていの場合、当局が実施する措置の公平性と有効性を保つための安全措置や適切な手続きに関する規則がいくつも規定されている。

4.52  権利行使のための様々な措置を提供するだけでは、十分とは言えない場合もある。国内法制において、それらの措置の実施につき正当な手続きを確実に行うための一般的な安全措置を提供し、かつ、正義と公平性の原則に違うことなく、効率性を保つ必要に応えることも、当然必要である。たとえば、国内法制は、著作権の行使手続きが公正、衡平、明白かつ迅速であること、不必要に複雑でないこと、費用がかかりすぎず、負担が大きすぎないこと、不当な時間的制限を課さないこと、そして原告側と被告側が等しく情報閲覧の機会を与えられ、それぞれの主張を提出するための機会を等しく与えられるようにしなければならない。

視聴覚著作物およびコンピュータプログラムの違法コピー対策

4.53  違法コピーの概念は、非常に多岐にわたる現象を対象としている。たとえば、音楽の分野では、一般に3種類の表現が使われているが、これら全部を本稿で使用する違法コピーという広い概念の対象とする。この3種類の表現とは、「偽造(品)」、「密造(品)」、そして「海賊版(違法コピー)」である。「偽造(品)」とは、一般に、音楽または映像のディスクやテープをそのままコピーしたもので、たとえば商標部分なども含め、オリジナルとまったく同じパッケージを使用している。これらのコピーは、カセットテープの場合もあれば、さらに手の込んだ、工場で製造されたCDの場合もある。「密造(品)」とは、生実演や生放送を録音・録画したコピーで、該当する権利者の承諾を得ずに録音・録画・コピーされたものをいう。最後に、「海賊版(違法コピー)」とは、音楽または映像の録音・録画物を不正にコピーしたもので、本物に似せて作ろうとしたものではない。一般に品質が悪く、手書きのラベルなどが付いている場合もある。しかし、一般に人は高品質を好むので、こうした海賊版は姿を消しつつある。本稿で述べる「違法コピー」の概念は、これらの3種類すべての侵害(品)を対象とする。

4.54  一般に、もっとも違法コピーの対象となりやすいのは、次の5分野の著作物や実演である。

録音物
録画物
コンピュータプログラム
放送
書籍

4.55  特にこの数十年は、最初の3分野の著作物が違法コピーによる被害を多く受けてきた。その理由は、昨今のデジタル複製技術によって、極めてコピーが容易だからである。たとえば、パーソナルコンピュータを使えば、本物とまったく同じ品質のコンピュータプログラムをいとも簡単に、しかも高速かつ効率的にコピーすることができる。コンピュータプログラムの開発には膨大な費用がかかるので、コピー行為が管理できなければ、権利者の利益が著しく害されることになる。

違法コピー対策を行う理由

4.56 違法コピーに対し国が有効な措置を講じるのには、いくつか理由がある。

4.57  第一の理由、そしておそらく最も重要な理由は、著作権法に基づく権利が侵害されるからである。つまり、著作者、実演者、レコード・ビデオ製作者、出版元、放送局その他の権利者が、著しい経済的損害を被るからである。そのことによって、著作権の受益者個人の経済的利益が損なわれるだけでなく、社会全体の利益が損なわれる。なぜなら、創造が阻害され、さらに国内の文化的産業を構築するなど著作権法の目的に反するからである。

4.58  違法コピーによって最も大きな損害を被るのは、一般に、成功を収めている著作物である点に留意しなければならない。違法コピー業者にとって利益になるのは、成功した著作物だけである。レコード業界においては、作品のうち経済的な成功を収められるのはほんの一握りである。しかも、このわずかなヒット作のおかげでレコード産業は、残りの作品、つまり商業的にはあまり成功しなくても、もしかしたらヒット作よりも価値のある作品を支えていくことが可能なのである。このインセンティブが失われてしまえば、レコード産業はヒット作以外のレコードを継続して製作していくことが困難になり、結果、作品の質も落ちてしまう。長期的にみれば、消費者の利益、引いては社会全体の利益を損なうことになるのである。

4.59  違法コピー撲滅を目指す理由については、短期・長期の双方の視点から考える必要がある。違法コピーのおかげで低価格で人気の高い製品が市場に供給されるのだから、一概に悪い現象とは言えないという意見も聞かれる。違法コピー業者は相当数の従業員を雇っており、就業の機会を増やしているという意見さえもある。さらに、社会には、違法コピー撲滅よりも緊急に対処を必要とする優先事項があるという意見もある。しかし当然ながら、国が国際的な信用を維持し、文化や情報、娯楽の国際的な取引に参加したいと願うならば、こうした意見は無意味である。

違法コピー対策

4.60  違法コピー対策として、様々な実際的な措置が考えられる。様々なタイプのコピー防止システムを利用すれば、つまりそれらの不正コピーを防ぐメカニズム(録音・録画物の「音質・画質を劣化させる信号」や「電子透かし」など)があれば、ある程度はコピー防止が可能である。また、音楽著作物について、効率的な集団的管理を行う団体を設立するという方策もある。ユーザーが権利者からコピーの承諾を得る場合に、その団体を通じて行うことで手続きが容易になれば、違法コピーへの誘惑も減るかもしれない。

4.61 著作権および関連する権利の制度は、個人受益者の排他権を認めるという意味において、私法の範疇である。したがって、ほとんどの国において、基本的な考え方は、現在もこれまでも、権利を侵害された者が自ら法的手続きを講じるというものである。この結果、可能性としては、被侵害者が民事訴訟を起こすというケースが考えられる。

4.62  しかし、多くの国では、主に違法コピーの危機的な増加により、従来の違法コピー対策に変化もみられる。少なくとも一定の著作権侵害に対し、特に違法コピーとみなされる侵害に対して、刑事上の厳罰を課す国も多くなった。

4.63  刑事上の制裁には、罰金と禁固刑(少なくとも数年の懲役刑)の両方が含まれている必要がある。実際に、ほとんどの国で両方とも取り入れられている。刑事上の制裁が十分に機能するためには、侵害の判断基準が明確に定義されていなければならない。特に、著者や権利者の承諾なしに行って良いこと、悪いことが明らかになるように、権利範囲を限定し、明確かつ疑問の余地のない方法で記載する必要がある。さらに、いわゆる主観的基準というものを明確に決定しなければならない。少なくともいくつかの国では、著作権違反に関する刑事条項が、故意の違反だけでなく、重過失による違反に対しても適用されることが法に規定されている。制裁は、直接に違反した者だけでなく、その違反に寄与した者、たとえば、不正に使用されることを知りながら、不正コピーに使用される機器を提供した者にも適用されるべきである。

4.64  刑事上の制裁には、主に違法コピーを抑止するという機能がある。順法精神を守るためには、(もちろん違法コピーの場合にはその必要性が特に明らかである)こうした機能が社会の利益のため、また著作者のためにも極めて重要である。また、個別の著作者にとって少なくとも同等に重要とされるのが、補償あるいは賠償としての側面である。法は、受益者に対し、権利侵害による損害の賠償を求めるための現実的かつ効果的な機会を提供しなければならない。損害賠償は、単に権利者が損害を被った直接損害の賠償にとどまってはならない。権利者はさらに、たとえば著作物の市場シェアの喪失、著作者人格権の侵害(の可能性)、またはその他の要素についても賠償を請求すべきである。つまり、物質的および人格的な損害の双方について、留意しなければならない。また、正確な報酬額を設定することも困難な作業となる場合がある。しかし、多くの国では、支払額について衡平な判断を行うことを目指した特別の規定が国内法に定められている。それ以外の場合は、金額の設定は裁判官の裁量に委ねられる。

4.65  不正な行為によって作成されたコピーが存在する場合、これらの不正コピーおよびそのパッケージが、著作権者の承諾なしに市場に送り出されるのを防止する措置を講じることが重要である。この措置は、違法コピーの問題が生じた場合に特に重要である。基本方針として望ましいのは、権利者側が別途要請する場合を除き、それらの不正コピーを破棄することである。そうでなければ、それらのコピーは権利者に引き渡すべきである。さらに、不正コピーの作成に使用された機器についても、少なくとも継続して侵害行為のために使用されるおそれがある場合には、裁判所の命令に従い、破棄するか、権利者に引き渡すべきだろう。この機器の扱いについて、裁判所が明示的に侵害行為の継続を禁じる命令を発し、命令違反の場合には過料を課すことを言及する可能性もあるだろう。

4.66  ここで、もうひとつの重要な側面は、特に違法コピーの問題が生じ、市場に不正コピーが存在することで著しい損害が生じる場合に適用されるべき保全措置である。保全措置の目的は、その措置が講じられた時点の状態をそのまま凍結あるいは保全することである。さらにいえば、保全措置の目的は、次の二本立てである。違法コピー行為およびその行為の継続を防止すること、そして、違法コピーの性質、数量、場所、入手元および目的地について、または著作権侵害が疑われる者もしくは侵害のおそれがある者の身分について、証拠を押さえることである。

4.67  これらの措置が講じられるのは、通常、違法コピーにより損害を被ったか、そのおそれがあると主張する個人または法人の要請を受けた場合に限定される。ほとんどの国の法では、要請をする側が当該措置により生じる損害額を支払う義務を負うことになっており、さらに必要な場合には、要請する側が保証金を供託するよう命じられることもある。これらの措置には、次のものが含まれる。

不正コピーの疑いがある商品の保全、
不正コピーが製造、梱包、保管されている場所、または不正コピーの販売、賃貸その他頒布の申込みを行っている現場の立ち入り禁止、
不正コピーの製造または梱包に使用されるおそれのある器具、および問題の不正コピーについての記載がある文書の保全、
不正コピーの製造または頒布の中止命令、
不正コピーの疑いがあるコピーの入手元の開示命令。

4.68  著作権の違法コピーに対する効率的な措置の必要性が認識されたことによって、著作権を管轄する官庁内または警察もしくは税関当局内に、特別に権利行使ユニットを設置した国がある。さらに、特別の国家機関が設置され、権利行使において特定の責任を担っている国もある。これらの特別ユニットや機関は、それぞれの官庁や国を代表して、事件の調査を行ったり、告訴したりすることができる。しかし、ほとんどの国では、権利行使については通常の権利行使機関、すなわち裁判所、警察、検察庁または税関当局の手に委ねられている。

権利行使に関連するWIPOの活動

4.69  経済的な重要性を持つ違法コピーや偽造といった行為の抑止は、WIPOにとって極めて重要な責務であり、主に3つの分野で活動を進めている。

4.70  第一に、WIPOは、知的財産権に関する数多くの国際条約および協定を管理している。これに関するWIPOの仕事は、基本的に、それらの国際条約を司る機関が適切に運用されているかを監督し、できるだけ多くの国が条約に加盟するよう働きかけることである。どのような抑止力にせよ、適切な効果をあげるためには、最新の状況や「違法コピー業者」が入手可能な最新の技術機器にも対応する、高度な条項からなる最も統一的な法的枠組みを設定することが是非とも必要である。

4.71  第二の責務は、新しい法制の条項を作成することである。これは、すでに存在する条項を最新の技術に対応させたり、それらの条項のレベルを上げることへのコンセンサスが醸成されたときに、それを反映させるために行われる。たとえば、デジタル技術の発展が著作権および関連する権利に与えた影響は、計り知れない。また、録音または録画物に含まれる音楽著作物を電磁波やケーブル、衛星などを通じて送信することが可能になったことで、違法複製物の問題や私的複製の問題が増加した。デジタル形式で保存された著作物は、そのコピーのオリジナルと比べても品質を劣化させることなく、何度でも複製することが可能だからである。

4.72  WIPOによる活動のもうひとつの基本的側面は、国際条約を管理するために必要なノウハウを伝えることである。他の2つに劣らず重要な点だ。国際レベルにまで引き上げられた条項が国内レベルに適用されることは、極めて重要な意味を持つ。それは、創造性の促進には、何よりもまず、創造者のために採択される条項の適切な管理と実施が求められるからである。創造性促進のためにWIPOが進めている協力活動は、この点に関して特に重要な意味を持っている。

4.73  ごく最近、工業所有権の行使に関する諮問委員会が設立された。WIPOの加盟国およびパリ同盟の同盟国が参加することができる。2000年10月に開催された第一回目の会合で、加盟国はWIPO事務局に対し、世界中における工業所有権の効果的な権利行使促進を目的とする一連の研究や活動を開始するよう要請した。権利行使に関する将来に向けての全体的な議論の枠組み対し、57の加盟国代表に加え、オブザーバーとして出席していた政府間国際機関または非政府国際組織の数名が賛成を表明した。権利行使手続きの実務においてすべての加盟国が直面する現実的な課題に対し、力を合わせて集中的に議論が交わされることになる。また、行政的枠組みにおいて時間および費用の負担を最小限に抑えつつ、工業所有権の行使を効果的にするために利用可能な、最善の方法および手続きについて研究が進められる。

TRIPS協定における権利行使条項

4.74  世界貿易機関(WTO)の設立にかかる全体的な合意の一部をなしている、知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定)が、WTO加盟国に対し、効果的な権利行使手続きを整備するよう求めている。TRIPS協定には、さらに、偽造または違法コピーが疑われる物品に対する税関当局の措置を求める条項が規定されている。

知的財産権訴訟

はじめに

4.75  ほとんどの国の知的財産権制度には、特許または商標審査官の決定に対し審判を申し立てるための手続きが制度内に規定されている。たとえば、欧州特許庁と米国特許商標庁には審判部がある。一方、英国特許庁には制度内に正式な審判制度がなく、出願人と審査官との間で意見の対立が生じた場合には、上級職員の立ち会いのもとでヒアリングが行われる。

4.76 知的財産権制度内の審判申立手続きがどんなものであれ、工業所有権庁の決定に基づく審判の申立における意見聴取や侵害行為の判決においては、裁判所が重要な役割を果たす。

特許庁による査定の見直し

4.77  ほとんどの国の特許庁は、司法的役割というよりも、行政的な役割を果たしている。しかし、特許庁の審査機関や登録機関は、その役割を適切に果たすために、法解釈を行わざるを得ない上に、第三者の権利や公共の利益も考慮しなければならないので、特許庁の査定を絶対的なものとみなす傾向も見られる。多くの国では、審査官や登録官は、証人を召喚したり、宣誓供述を行わせたり、証拠文書や証拠品の提出を求めたり、費用の決定を行う権限が与えられている。したがって、審査機関や登録機関の役割は、しばしば「準司法的」とも言われる。しかし、この準司法的な特徴にもかかわらず、特許庁の査定は、その性質から行政上の決定であることに留意しなければならない。

4.78 審判の申立は一般に、特許出願に関連する手続きの過程で、またはその終結時点で提出することができる。手続きの過程で提出する場合は「付与前審判」、特許付与後にその決定に対し提出される場合であれば「付与後審判」である。「付与前審判」は、特許権者と特許庁に加え、第三者がかかわる場合に限定される。商標庁の決定についても同様の審判手続きが存在する。

付与前審判

4.79  時間的流れに沿ってみると、特許庁による最初の査定は、出願日の認定にかかる査定である。出願人は、その決定に基づく出願日に同意できない場合には、決定を不服とする審判を申し立てることができる。例として、ある国で、出願料の納付が出願日認定の要件の1つである場合において、出願料の実際の納付日について特許庁と出願人の意見が食い違っていると想定する。特許庁側は、出願料が支払われたのは出願書類提出の2日後だったと主張している。一方、出願人は、出願書類の提出日と同日に支払ったと主張する。もしもクレームされている発明が出願提出の翌日に公開されたとしたら、特許庁の出願日認定にかかる査定は致命的である。出願人が、発明の公開前に出願料を支払ったことを特許庁に納得させることができない場合、その出願は、新規性欠如を理由として拒絶されることになる。したがって、出願人が出願日認定の査定に対し審判を申し立てる権利を有することは、重要である。

4.80  出願人が裁判所に審判を申し立てることのできるもうひとつの査定は、予備的審査(または方式審査)の過程で特許庁が出願の取り下げを宣言する決定である。この査定は、たとえば、定められた期間中に出願書類における方式上の不備が是正されていない、あるいは出願にクレームされている発明内容が公序良俗に反するなどの理由による。

4.81  出願人が裁判所に審判を申し立てるケースで最も多いのが、出願の実体審査の結果として特許庁が下す拒絶査定に対する申立である。この査定は、たとえば、出願にクレームされている発明が新規でない、進歩性がない、あるいは産業利用可能性がないとの理由による。あるいはまた、クレームや発明の記載事項に重大な不備があり、出願人がこれを解消することができなかったという場合も拒絶対象となる可能性がある。

付与後審判

4.82  特許の付与後にも、特許庁の査定に対する審判の申立が提出される場合がある。たとえば、特許維持年金が納付期限内に支払われなかったことを理由として、特許庁がその特許の失効を申し渡したとする。一方、特許権者は納付期限に支払ったと主張したとする。その結果、特許権者は、特許失効の決定に対する審判を申し立てたいと希望するかもしれない。このような場合、審判は、特許権者と特許庁との間のみで争われる。

4.83  「付与後審判」のもうひとつの例として、強制実施権を認める特許庁の決定に対する審判があげられる。また、法に規定があれば、強制実施権を拒絶する特許庁の決定に対しても、同様の審判申立手続きを行うことが可能である。いずれのケースにおいても、審判手続きには、発明の特許権者、強制実施権設定の要請者、および特許庁の3当事者がかかわる。

審判手続き

はじめに

4.84  審判手続きは、一般に、特許法や専門の裁判所の規則、または国の定める手続き規則などに規定されている規則によって決定される。

4.85  日本、ドイツおよびフランスでは、民事手続法が適用される。英国やカナダなど、コモンローが基本となっている国々では、適切な管轄権を有する裁判所の手続き規則が適用される。

4.86  工業所有権法には、通常、審判申立ての提出期限が設けられている。各段階の手続きをいつ、どのような方法で行うかについては、手続き規則に規定されている。これらの規則は一般に、各当事者が最高の条件で手続きを進めることができるように、裁判所に広範な裁量権を認めている。たとえば、拒絶されたクレームの補正が認められるなら、意見聴取を行うことなく争いを解決することができる場合も多い。

4.87  一般に、手続き規則においては、手続きに各段階について、手続きを完了すべき期限が設けられている。たとえば、「審判請求書」の発行日から1カ月以内に証拠の提出が求められるという場合もあれば、もっと長い期間を設定して「理由補充書」の提出が求められる場合もある。

4.88  コモンローの場合、手続き規則では、各当事者、つまり申立人(審判の申立を行っている者)と被申立人(自らが下した決定に対し審判の申立がなされている者)が、それぞれが進めようとしている段階の手続きについて相互に通知を発し、その通知を発したという証拠を裁判所に提出することを求めている。審判手続きに第三者がかかわってくる場合、その第三者にも同じ規則が適用される。

4.89  さらに、手続き規則には、当事者が適切に主張を行うことができるようにするために、規則の逸脱を認める場合もあることが規定されていることが多い。たとえば、申立人が期限内に適切な指示を行うことができないときに、期間の延長を求める場合などである。また一般に、当事者に対し、主張を却下するというペナルティを課して手続きを進めさせるという場合もある。

4.90  各ケースにおいて、規則の逸脱が認められるかどうかは、裁判所の裁量に委ねられる。コモンローの実務においては、裁判所に規則の逸脱を要請する場合には、書面で申請し、理由を裏付けるための証拠を提出しなければならず、反対当事者にも通知される。反対当事者は、これに同意することも、裁判所に出廷して当該要請に異議を申し立てることもできる。大陸法においても、同様の手続きが存在する。

審理前協議

4.91  コモンローの制度では、審理において従うべき手続きに関する疑問を解決するための審理前協議を招集することが規定されていることが多い。そうした疑問は裁判所によって解決される場合もある。審理前協議では、どちらの当事者に発言の機会が与えられるか、発言の順番はどうなるのか、検討すべき事項は何か、そして各当事者がどの事実を認めるかなどの疑問が生じると考えられる。

4.92  この点につき、裁判所は、しばしば「互いの頭をぶつけさせる」と形容される有効な役割を果たすことができる。権限を有する第三者、つまり裁判所の介入によって、互いに一歩も譲らない当事者の意見の対立も解決できる場合があるからだ。

証拠

4.93  司法手続きにおいて「証拠」とは、一般に、事実問題を決定づけるために裁判所に提出されるものをいう。たとえば、発明を別の法人または個人に譲渡するために発明者が署名し、特許庁に正式に登録されている文書があれば、その法人または個人が特許権者であることを証明する最高の証拠となる。これは、「直接」証拠とも呼ばれる。その文書が紛失した場合は、発明者がその譲渡書に署名するのを見たという証人の供述があれば十分な場合もある。これが二次的証拠である。その文書が入手可能なのであれば、それを提出するべきである。入手不可能であれば、二次的証拠を提出するより他に選択肢がない。

4.94  付与前審判で提出される証拠は、ほとんどの場合、付与後審判で提出される証拠と大きく異なる。付与前審判では、出願の拒絶査定に対する審判であるから、主な争点は、出願にクレームされている発明の特許性の有無である。この場合、提出される証拠は、極めて技術的なものであることが多い。

4.95  付与後審判では、強制実施権を認める、または拒絶する決定に対する審判であるから、提出される証拠は、ほぼ例外なく商業的な事項にかかわるもので、市場における競争、市場の需要やニーズ、製造コスト、調査、販売またはマーケティング、利益およびロイヤルティ率などに関する証拠である。強制実施権の設定を要請する側の当事者からは、技術スタッフや施設、市場コスト、潜在的市場、および販売価格などの証拠も提出される可能性がある。

4.96  証拠は、3つの形態に分類される。つまり書面で提供される証拠およびあらゆる種類の証書類を意味する「文書による証拠」、説明によらず事物そのものが提供される証拠意味する「物的証拠」、そして、専門家が提供する口頭証拠である「専門家証言」である。可能な限りにおいて、すべての証拠は書面で提供すべきである。口頭の証言がなされる場合には、通常、当局が確認を行えるように、逐語的に書面に記録し、印刷された状態で提出される。しかし、通常は、口頭の証言による審理の要請があれば、認められる。

4.97  一般的な原則として、両当事者の供述は、通常、確証のない供述である場合や反証がなされた場合を除き、真正な供述として受け入れられる。この原則があてはまる場合であれば、裁判所は、追加の証拠提出を求めることもできる。手続きの開始前に、手続き費用に充当するための保証金を供託するよう求めることもできる。これらの手続きには、両当事者の意見聴取、情報開示要請、文書提出、証人の意見聴取、専門家意見、証拠の閲覧、書面による宣誓陳述書などの手続きが含まれる。

4.98 口頭による証拠の場合、証言を行う当事者または証人は、反対当事者または裁判所による反対尋問を受ける準備をしておく必要がある。

文書による証拠

4.99  文書による証拠をさらに細かく分類すると、包袋、陳述書、およびその他の文書による証拠の3つ分けることができる。

4.100 包袋は通常、特許出願(発明の記載、図面およびクレームを含む)、特許庁が発したオブジェクション(形式違反通知など)や意見書、および出願人が提出した意見書により構成される。

4.101 発明の新規性を覆す先行技術が公開されていることを根拠として、特許庁が出願を拒絶した場合、特許庁の意見書には通常、その公報が添付され、公開されている技術の重要性についての特許庁意見と、当然ながら特許庁の査定およびその理由が記載される。

4.102  出願人が提出する意見書には、通常、上記の公報に対する意見、すなわち公報に開示されている構造、操作の態様、および開示されている解決方法の結果についての意見が記載されると同時に、出願人の発明が上記の解決方法との相違点についての意見が記載される。

4.103  また、「仮の」証拠に発明者の陳述が記載されている場合も往々にしてある。「仮の」という言葉はここで意図的に使用されている。なぜなら、この「証拠」は、何かを証明するものではなく、むしろ意見の陳述であることが多いからである。出願されている主題が特許性を有する発明であると主張するだけの陳述書は、単に自己を利するための主張にすぎず、結果的に説得力に欠ける。そうした陳述書は、裏付けのない意見書と何ら変わりがない。

4.104  その他の文書による証拠の例として、実験報告書、市場調査書、写真、売上高、一方的に持ち込まれる証言などがあげられる。繰り返すが、これらの証拠すべてにつき、入手元はどこか、その証拠品が何を示すものであるか、なぜその証拠を提出するのかを明らかにし、その証拠の技術的重要性について説明する必要がある。

物的証拠

4.105  模型、先行技術や特許出願の主題に記載されている実際の機器などの、物的証拠を提出することも可能である。

専門家証言

4.106  特許取得手続きにおける有効性の問題に関連し、専門家証言から一般的な証拠が得られることがある。これらの専門家証言は、先行使用、発明の商業的成功、当業者からみた明細書のわかりやすさおよび十分性、発明の実用性または有用性、重要な日付時点で一般に知られる知識の状況、技術用語の意味、従来技術や従来知識を踏まえた(クレームされている)発明の新規性または予期不能の性質などについての証言である。

市場調査による証拠

4.107  特に商標に関する事件では、特定の商号、標章または表装に関する「世論」を証拠として提出することは、十分に関連性のあることであり、許容される。近年、市場調査結果を「世論」の証拠として提出しようという努力がなされてきた。これらの証拠の有効性については、論争もなされている。市場調査による証拠が証明できるのは、インタビューを行った個人がある意見を表明したということにすぎない。裁判所に提出する直接証拠がない限り、インタビューを受けた個人が本当にそのような意見を持っていたのか、あるいはどのようにしてその意見に辿り着いたのかを示すことはできない。

証拠の提出

4.108  コモンローが基本の国々、およびいくつかの民法主体の国では、最も重要な意味を持つ争点に関して、宣誓陳述書、つまり「宣誓供述書」の形式で証拠を提出する。これらの陳述書または宣誓供述書は、供述を行う者がその供述の結果を承知していること、および虚偽の供述を行った場合には罰せられることを承知していることを確認する国の官吏または裁判所職員のいずれかの面前で署名した書面である。虚偽の供述を行った場合の罰則については、一般法に規定されている。

4.109  手続きに第三者の関与がない場合、上記の宣誓陳述書は通常、証言の対象である事実を裏付ける証拠として採用される。したがって、証拠を宣誓陳述書を提出する場合には、十分な関連性があり、かつ、真正な証拠でなければならない。

4.110  国によっては、第三者が手続きに関与する場合、たとえば強制実施権の設定に関する手続きの場合、提出された事実の有効性を検証するために、陳述を行った者に「反対尋問」を行う機会が第三者にも与えられる。「反対尋問」とは、陳述を行った者に対し、反対当事者が質問を行う手続きである。陳述がなされたあらゆる事項についての質問が認められるが、通常、質問は陳述の正確性および根拠について向けられることが多い。

最終的な取扱い

4.111  審判の手続きを行う場合、裁判所は通常、次のいずれかの選択肢を有する。審判を拒絶する、審判を認める、特許庁に差し戻す、または、出願の拒絶査定に対する審判である場合には、クレームを補正し、特許庁に特許を付与するよう指示を与える。裁判所が特許庁に事件差し戻しとする場合には、一方(または双方の)当事者が不当に主張していた立場を回避するために、クレームや発明の記載、または図面の補正を勧奨することがある。裁判所の権限の根拠となっているのは、通常、特許法であるが、他の一般法の規定にもその権限の根拠を見いだすことができる。

侵害行為

特許侵害

4.112  特許侵害訴訟において、最初に行わなければならないのは、付与された権利の範囲を正確に判断することである。したがって、裁判所は、特許明細書の解釈を求められる。一般に、英語の通常の意味により理解可能な言葉の解釈において、専門家証言を引用することは認められていない。唯一例外として認められるのは、裁判所が技術的な説明を必要とする技術用語が使用される場合である。同様に、クレームの検討を行う際には、言葉尻で侵害を「捕える」ために、明細書本文を参照することで通常の英語の言葉の意味を都合よく解釈しようと試みることは禁じられている。実際に、明細書を解釈する上で裁判所が最初に行わなければならないことは、主張されている侵害や、いわゆる「従来技術」を無視することなのである。

4.113  裁判所が取り組むべき次の課題は、主張されている侵害が、解釈したクレームの範囲内に入っているかどうかの判断である。この判断は難しいケースが多く、特に、被告側が十分な情報を知り得ている場合には困難を極める。専門家証言が多く求められるのはこの分野についてである。さらに、特許訴訟においては、侵害を証明するために実験の利用に頼ることが少なくない。侵害の立証責任は、常に原告側にある。

4.114  侵害訴訟において一般に多く用いられる抗弁は、単純に、主張されている侵害が問題の特許の範囲に入らないとする主張である。しかし、その抗弁よりも、特許の取消しを主張する反訴の方がはるかに重要なことも少なくない。商標権侵害の場合と同様に、被告側が特許の有効性に異議を申し立てるための法律上の根拠はいくつもある。いくつかあげてみると、被告は、予見性、つまり新規性の欠如を主張したり、発明が自明であること、特許権者が発明の内容を実施するための方法を十分に(または公正に)記載していないこと、発明に有用性がないこと、虚偽の提案または不実表示に基づく発明であること、または発明が不正に第三者から取得したものであることなどを主張して異議を申し立てることができる。英連邦内のほとんどの国では、上記のいくつか、あるいはすべての法的根拠が特許法に定められている。この分野においてもやはり、専門家証言が重要な役割を果たしており、特許侵害訴訟における反訴が主たる訴訟よりも時間がかかることも少なくない。当然ながら、ここでは特許の取消しを求める被告側が立証責任を負う。

著作権侵害

4.115  著作権により禁じられている一番目の行為が「複製」である。複製とは、一般に、著作物を複数部コピーすることを意味するが、たとえ1部のコピーであっても侵害である。複製の用語の意味は、どの法律にも定義されていないが、おそらく「コピー」と極めて近い意味を有すると考えられる。何をコピーと判断するかは、事実と程度の問題である。コピーが本物そっくりそのままでない場合、裁判所は、次の事項に留意しながら類似の程度を検討しなければならない。つまり、侵害が成立するためには、主張される侵害品がオリジナルのコピーまたは複製品であると判断できる程度の類似性が存在しなければならないということである。言い換えれば、オリジナルの本質的な特徴と実体を有しているということである。

4.116  著作物と主張される侵害品との間に因果関係が存在することは絶対条件であり、特許や登録意匠に認められる保護とは明らかに異なる点である。特許と登録意匠は完全な排他的権利である。原告は、自らが権利を主張する著作物から被告がコピーを作成したことを直接的にも間接的にも証明しなければならない。原告は、この因果関係がその2つの事物の類似性を説明するものであることを示さなければならない。もしも、その2つ両方が同じ出所から作成したコピーであるか、その2つが真にそれぞれ独自に類似する結果に到達したものであるならば、侵害は存在しない。

4.117  各国の制定法の中で、「複製」という言葉には「または実質的な複製」といった追加表現が付されていることが多い。何をもって「実質的」と判断するかは、やはり各事件ごとの事実関係および状況次第であり、裁判所が判断を行う。主要な判例の中では、「被告が実質的な部分をコピーしたかという問題は、コピー部分の量的側面よりも、むしろ質的な側面に大きく左右される」と言われてきた。別の判例では、「コピーする価値があるものは、保護する価値のあるものであることは明白である。」と判示している。

4.118  複製の因果関係があるものと仮定して、裁判所がやらなければならないことは、被告が、他人が費やした労力や作業のうち、あまりにも多くの部分を勝手に利用していないかを判断することである。一方、裁判所は特に、著作権の保護対象はアイデアではなく(特許の場合は保護対象になる場合もあれば、ならない場合もある)、むしろアイデアを表現する方法そのものである点に留意しながら、著作権の隠れ蓑をかぶった実質的に「50年有効な特許」を原告に付与することのないよう、常に注意しなくてはならない。特許と著作権は、極めて性質の異なる種なのである。

4.119  上記に照らしてみると、最も明白な抗弁は、侵害を主張されている作品が独自に完成されたものであるとする主張である。その他の抗弁として、次の主張があげられる。

ある程度コピーが含まれるものの、問題の著作物の実質的な部分はコピーしていない。
その著作物の著作権期限が切れている。
公正な取引や教育目的の使用など、制定法に基づくその他の抗弁。

商標侵害およびパッシングオフ

4.120  この「商標侵害」と「パッシングオフ」という2つのテーマは、密接に関連している。登録商標の侵害が存在していると原告が主張している事件においては、原告がさらにパッシングオフの主張をするのが通常である。歴史的に見ても、被告が自己の製品を原告の製品としてパッシングオフするのを止めさせるための訴訟は、商標侵害を差し止めるための訴訟の一般的な形態のひとつであった。商標の登録が初めて可能になった20世紀末には、2種類の訴訟の違いが明らかになってきた。この2種類の訴訟形態が共存し続けたが、パッシングオフは決して廃止されることも、廃れることもなかった。

商標侵害

4.121  商標権の侵害は、問題となる商標が国の商標登録機関に登録されることにより生じる制定法上の不法行為である。商標は、制定法に規定され登録機関が求める一定の条件を満たす場合のみ登録することができる。登録の際には、登録を求める標章に識別力があるか、人為的に創作された言葉かどうか、商標の登録を求める商品の特徴または品質を直接的に言及していないか、地理的表示が含まれているか、氏の表示するものでないか等の審査がなされる。いくつかの国では、商品とサービスのいずれについても商標登録が可能である。英連邦の国々の多くは、商標の登録制度をいわゆるPart AとPart Bの2種類に分類している。Part AとPart Bのそれぞれで異なる審査基準が適用される。Part B標章の概念が導入された目的は、識別力の程度がいくぶん劣る標章にも登録を認めることであった。その分、訴訟における権利保護の程度も比較的劣っている。

4.122  商標の所有権を示す証拠として、一般に、国の商標登録機関への登録証の認証謄本が提示される。しかし、この認証謄本を確認する場合にも、少なくとも次の事項について注意深く検証する必要がある。

特に図形商標の場合は、標章そのもの、および標章の正確な表現方法、
登録された商標にかかる商品、
登録商標の権利者の氏名・名称および詳細事項、
登録日
Part AまたはPart Bのどちらで登録されたか。

4.123  商標侵害訴訟とパッシングオフ訴訟の最も重要な相違点は、パッシングオフの場合、原告側が自ら証拠を提示することによって自己の信用・評判を証明することが不可欠な条件であるという点である。これは、商標侵害を証明する場合には必要ない。実際の標章使用を通じてその標章に対する信用を確立する前であっても、標章を登録をすることは可能である。確実に登録するためには、標章に固有の識別力が備わっており、原告がそれを問題となっている商品の商標として使用するという善意の意思を有していれば、それで十分なのである。登録されてしまえば、登録権利者は、何の心配もなく、かつ、商業上の信用をいちいち証明する手間を必要とせずに、侵害者に対し法的手続きを講じることができる。これが登録することで、のれん(営業権)の保護が容易かつ有効に行われるようになった主な目的である。

4.124  商標侵害訴訟においては、問題となっている商標を末梢することによる登録取消しを求める反訴が裁判所に申し立てられるケースが多い。各国の商標法は、商標の取消し事由となる様々な法的根拠を規定しており、その中には、反対当事者が登録段階で利用可能な根拠も含まれている。さらに、標章の不使用といった別の法的根拠を利用することも可能である。

パッシングオフ

4.125  パッシングオフとは、商品または役務につき、または表示方法(つまり、何かに色や形、パッケージなどで識別力を有する外観を与えること)により、コモンローに基づき認められる商標、商号または表現方法に関連して生じる。基本的に、パッシングオフは、他人の信用やのれんに基づく恩恵を不当に利用する行為に関するものである。

4.126  他人の商売や事業に損害を与えることを意図してなされる虚偽表示は、パッシングオフ行為の基本をなす。しかし、パッシングオフの場合、いずれの訴訟事件においても、原告が勝訴するためには2つの主張を立証しなければならない。1つ目は、原告が独占的性質を持つ法的権利を有していることである。つまり、原告は、自己の商品に関する特定の名称、特定の商業表示、または特定の提示方法につき排他的権利を有していることを証明しなければならない。2つ目は、原告は、混同を引き起こす可能性の高い名称や表示、または提示方法を使って被告が商品の販売を行い、消費者が被告の商品を原告の商品と信じて購入するようしむけ、自己の権利を侵害したことを証明しなければならない。2つ目の侵害の主張は、1つ目の商標権所有の主張が立証されない限り、成立しないことに留意する必要がある。

登録意匠侵害

4.127  登録意匠は、特許と非常に類似している。いずれも期間限定で認められる排他的権利だという点である。

4.128  例として、英国では意匠の定義を次のように規定している。
「意匠という用語は、工業的な製法または手法を用いて物品に与えられる形状、構造、パターンまたは修飾物などの特徴をいい、その特徴を与えられた完成品は、視覚にのみ訴え、視覚によってのみ判断される。ただし、その形状または構造をもって製造される物品が果たすべき機能によってのみ規定される形状や構造上の特徴を説明する方法または原理は、意匠に含まれない。」(英国1949年登録意匠法第1(3)条)

4.129  言い換えれば、登録意匠の対象として適切な主題は、その特徴が機能上のものである場合を除き、その意匠を使用した物品が視覚により評価が可能であるものである。特許権の場合と同様に、意匠権の侵害や有効性を争うためには、意匠の解釈を裁判所の手に委ねなければならない。意匠の場合は、その性質から、すべての点において視覚で、つまり裁判所の視覚によって行われる。この点において、視覚を補うための証拠を提出することは、適切でないことの方が多い。

4.130  問題となっている製品が意匠の範疇でないと主張する明白な抗弁を別にしても、被告は、ほぼ例外なく意匠登録の取消しを求める反訴を申し立てる。特許の場合と同様に、被告は、先行意匠に比較して、有効な意匠の基本的要件のひとつである新規性の欠如を根拠として、取消しを求めることができる。被告はまた、機能により規定される特徴、形状または構造からなる意匠であることを示すことにより、その意匠の有効性を争うこともできる。

救済

4.131  知的財産権侵害訴訟において主に認められる救済は、差し止め、損害賠償および利益の譲渡である。訴訟の多くは、何らかの仮処分による救済を求める申立が発端となる。そして、この仮処分から先の段階へ進むことはほとんどない。

仮処分による救済

4.132  仮処分による救済は、これらすべての知的財産権の保護における最重要事項である。手続きの開始から事件の最終決定までの期間中にも、販売機会および利益の喪失や信用の喪失により、そして他の方法による物品や情報の使用により、深刻な損害の発生を許すことになる。さらに、侵害その他の不法行為の性質から、損害賠償や利益の譲渡では救済が不十分である可能性もある。その理由のひとつが、被告に支払い能力がないか、被告が雲隠れする可能性があることである。しかし、特定の事件において、損害賠償では不十分とされる理由はこれだけではない。むしろ、問題となっている知的財産権の性質や、侵害の結果被った損害額を正確に見積もることの難しさが理由となっている場合が多いのである。このような場合において、被告の不法行為をその開始時点で抑止することができるならば、損害賠償の問題が完全に訴訟から排除されるか、少なくとも開始時点で抑止できなかった場合よりも解決が容易になるかもしれない。

4.133  最も広く利用される仮処分による救済は、仮差し止めによる救済である。この処分の主な目的は、通常、主たる事件の正式審理が開始されるまでの間、現状を保全することである。通常、差し止め請求を行った時点の現状を保全するという命令が最も適切と考えられるが、これは仮差し止め手続きにおける主たる関心事ではない。裁判所が仮差し止めを認める上で最も関心を払う最初の事項は、最終決定がなされたときに最も容易に正義が実行される状況を維持することである。したがって、裁判所は、もっと早い時期の状況を回復するよう命じたり、両当事者にもっと正義に従い業務を進めるよう命じることもできる。

4.134  継続的な侵害のおそれがある場合、これに対抗して知的財産権を保護するためには仮差し止めによる救済では不十分なケースが増加している。その理由は、仮処分または最終的な救済のいずれの申立を行う場合でも、申立に必要な証拠が入手困難であるか、通常の証拠開示手続きでは入手不能になることが多いからである。これらの場合、原告は、救済が認められるために必要な証拠が揃わないので、仮差し止めによる救済を得られない可能性が高い。また時には、被告が侵害物を破棄したり別の場所に移動させたりする場合もある。近年、英国の裁判所は、そうした証拠を入手し保全するためのスピーディかつ効果的な手段を導入した。救済が認められた場合、それが現場の立ち入りおよび捜査ならびに物証の押収を認める一方的な裁判所命令となる。これらの命令は、アントンピラー命令として知られ、仮差し止めによる救済が認められるまでの間、必要な措置といえる。

4.135  同様に、証拠の押収も、あるいは確定的な原告の勝訴判決でさえも、被告が命じられる損害賠償にあてる資産を一切有していなければ、何の価値もない。この問題は、損害賠償などの義務を免れようとする業者らの資金力がますます豊富になっていること、国際間の資金移動が容易であること、技術の進歩を考えると、極めて深刻である。この問題に取り組むために、コモンローを基本とする国々では、被告が資産を別の法域から移動させること、あるいは当該法域において被告に命じられた決定と相反する方法で処分または取引することを禁じるマレーバ差し止め命令に関する規定を定めた。

最終的な差し止め命令

4.136  通常、工業所有権訴訟で被告が勝訴した場合、最終的な差し止め命令が認められる。差し止め命令は裁判所の裁量よるものであり、特殊な事情(たとえば、被告が生命にかかわる医薬品の唯一の供給業者である場合、または著作権訴訟において著しい遅延があった場合など)がない限り最終的な差し止めが拒絶されることはない。たとえば勝訴した特許権者に差し止めによる救済が認められない場合、強制実施権に関する手続きを経ることなく被告に当該特許に基づく強制実施権を取得させるのに等しい結果をもたらす。差し止め命令の違反があった場合、原告は、法廷侮辱罪を要求することができる。工業所有権の分野では、これまでの経験上、原告による法廷侮辱罪の要求は決して珍しいことではない。

4.137  工業所有権訴訟において損害賠償額の算定を行う場合、第一段階として、勝訴当事者は、損害賠償額の調査か、利益の譲渡か、いずれかを選択するよう求められる。この二者択一による選択は、当然ながら相互の選択肢を排除するものである。なぜなら、利益の譲渡を選択した場合、原告は、被告の行為を自ら行ったものとして引き受けたとみなされるからである。選択は、各訴訟案件ごとの事実関係により左右される。たとえば、時間が最も重要な意味を持つような場合、責任の所在を決定する審理そのものが十分に重大な根拠となり、原告がよりスピーディな利益譲渡を選択することもある。また一方、侵害期間中に、原告が実際に販売していた場合よりもはるかに多くの売上を被告があげることができたというケースもあるかもしれない。このような場合もやはり、原告は損害賠償額の調査よりも利益の譲渡を選択する可能性が高い。そしてその方が純利益が多いのである。

4.138  しかし、通常は、勝訴した原告が損害賠償額の調査をもとめる場合が多い。この選択をした場合、難しいケースでは、原告はさらに、責任の所在を決定する審理と同じくらい実質的な新たな審理を耐えて行かなければならない。このため、完全に訴訟に持ち込まれた工業所有権訴訟のうち、損害賠償額の調査を完全に行うケースは稀である。たいていの場合、責任の所在が決定した時点で和解に至る。

4.139  工業所有権訴訟において、適切な損害賠償額の算定は、その訴因によっていくぶん変わってくる。特許と登録意匠について一緒に検討したのと同様に、パッシングオフと商標侵害についてもまとめて検討することができる。(裁判所の差し止め命令に違反する)守秘義務違反に課される損害賠償額に対する司法的な見方は、これまで一貫しておらず、著作権に関する訴訟については特別な制定法が存在する。しかし、損害賠償額の算定を行うための、どの分野にも普遍的に適切に利用できる検査法や公式は存在しない。これらの分野の損害賠償額を正確に算定することが困難であることは、よく知られている。裁判所は、こうした事情を考慮し、一般原則を定めることを賢明にも拒絶してきたのである。

4.140  一般的なアプローチ法は、概念上の独立当事者間のライセンスを基準として損害賠償額を算定する方法である。この方法は、たとえば両当事者が競合業者である場合に適用され、通常、特許訴訟や登録意匠訴訟に適切に用いられる。過去の侵害に対する損害賠償額は、たとえば各侵害品に支払われるべきロイヤルティ料を基準として算定される。しかし、ここにも問題がある。特に、現実には原告が決してライセンスを供与しないような場合にである。このアプローチ法は、(裁判所の差し止め命令に違反する)守秘義務違反や著作権侵害訴訟においても用いられる。もうひとつのアプローチ法は、証明がより困難であるが、原告側の販売機会の喪失を考慮して算定する方法である。この方法を用いた場合、原告は、利益の喪失分すべてを回収することができる。

知的財産権をめぐる紛争の仲裁および調停

裁判外紛争処理(ADR)

4.141  裁判外紛争処理(ADR)とは、知的財産権紛争を裁判所での訴訟以外の方法で解決する方法をいう。ADRにも多くの形態・形式があるが、最も一般的なものは、仲裁と調停である。知的財産権紛争はまた、専門家意見に基づき解決される場合もある。

仲裁

4.142  仲裁には、特に一定の商業分野についての仲裁については、長い歴史がある。

4.143  仲裁は、当事者の合意に基づくものである。両当事者が紛争を仲裁に委ねることに合意していることが要件とされる。通常、両当事者は、当事者間の契約に紛争を仲裁に委ねることを定めた条項を追加することにより、この合意を成立させる。両当事者は、仲裁人に行使を認める権限を柔軟に決めることができ、通常、契約の中で仲裁機関の規則について言及することにより、適用される手続きを選択することができる。

4.144  仲裁の利点は、一般に、短期間で決定に至ること、費用が安くすむこと、手続きにおける秘密が守られること、非公式な性質のものであること、そして、仲裁判断を国際的に執行させることができる機関である点だと言われる。仲裁の利点のうち、時間と費用の利点については、管轄権が複数にまたがる紛争の解決が、複数の裁判所でなく1つの法廷でなされること、そして制度的に上訴が存在しないことなども、理由のひとつとなっている。仲裁判断は、確定的な性質を持つ。

4.145  仲裁は、訴訟に比較すると非公式な色合いが濃い手続きであるが、裁判所の手続きと共通する要素もある。仲裁には通常、書面による覚書(証人および専門家の陳述などを含む)の交換、口頭による主張が認められる意見聴取、証人および専門家による証言、ならびに仲裁人および当事者による質問などの手続きが含まれる。

調停

4.146  もうひとつのADRは、調停(mediation)である。調停(conciliation)ともいう。調停人は中立の立場で、両当事者間の紛争に関する和解を手助けする。ここでもやはり、紛争を調停に委ねる旨の両当事者間の合意が求められる。調停の特徴でもある自発性は、調停手続き開始後にも適用される。各当事者は、いつでも調停手続きを一方的に止めることができる。調停が成立した場合、その和解は、両当事者間に締結される契約としての効力を有する。

4.147  調停は、両当事者が相互の関係を維持または発展させたいと希望し、内密に紛争を解決したいと考えている場合に、特に魅力的な制度である。調停は、両当事者の法的な立場よりも、両当事者それぞれの利益を尊重する手続きである。

専門家による判断

4.148  調停は、両当事者が相互の関係を維持または発展させたいと希望し、内密に紛争を解決したいと考えている場合に、特に魅力的な制度である。調停は、両当事者の法的な立場よりも、両当事者それぞれの利益を尊重する手続きである。

国際的背景に基づく執行

4.149  技術移転契約の多くは、国際的な契約である。このことは、紛争解決という観点から、重大な困難を生じさせる。契約の両当事者が、紛争の解決を裁判所に委ねる場合、裁判所の判決が、執行を希望するどの法域でも執行可能であることが確認されなければならない。

4.150  原告側の法域で裁判所が下した判決を、被告側の法域で執行することは困難である可能性がある。この問題は、被告側の法域で法的手続きを行えば解決できることだが、訴えを起こす側からすれば、これは受け入れがたい選択肢である。それは、被告側の法域の法律、法文化、裁判所あるいは言語に通じていない場合がほとんどだからだ。さらに、被告が資産を保有している第三の法域で裁判所判決を執行する必要が生じた場合にも、その選択肢では解決不能である。

4.151  一般に、上記のような執行上の問題は、仲裁判断に関しては存在しない。広く受け入れられている外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約(ニューヨーク条約)が規定する条件によれば、仲裁判断は原則的に、仲裁が行われた地の手続法に従い執行されなければならない。

WIPO調停・仲裁センター

4.152  1993年9月のWIPO総会で、WIPO仲裁センターの設立が全会一致で承認された。現在はWIPO調停・仲裁センターと呼ばれる。同センターは、民間の当事者間における知的財産権紛争を仲裁・調停手続きを通じて解決するためのサービスを提供する。同センターはさらに、インターネットドメイン名の登録に起因する紛争処理(次セクションを参照)のための特別な運営手続きを管理している。

4.153  同センターは、近年著しく変化を遂げた2つの分野、それも相互に連動した変化ではなく、並行関係を保ったままの変化を遂げた2つの分野のすき間を調整するために設立された。2つの分野とは、仲裁、さらに広くはADR、そして知的財産権の分野である。

4.154  仲裁を行う機関の数は世界中で大幅に増加し、同様に仲裁手続きの件数も大幅に増えた。また同時に、特に米国では、利用可能なADR手続きの種類が増え、従来の仲裁と調停に加え、従来モデルの仲裁から進化した新しい形態や簡易審理、およびいくつかの手続きの組合せなどが利用可能になった。

4.155  ますます技術的に高度になる製造方法、商品やサービスの販売におけるイメージとマーケティングの重要性、そしてコミュニケーション手段の拡大と種類の増加などすべての要素が貢献し、これまでになく知的財産権の注目度が高まっている。知的財産権の申請件数が増えているのは、主に外国からの申請の増加による。このことは、市場の国際化を反映している。企業がより広範な地理的地域に進出するに従い、自己の知的財産権についてもさらに広範囲にわたる保護を求めるようになる。

4.156  知的財産権の国際的保護を求める件数が増加することによって、ADRの新たな利用の可能性が生まれた。存在する権利の数が多いほど、それらの権利にかかる紛争の件数が増加する可能性が高まる。しかし、多くの場合、ライセンスその他の契約上の取り決めについて交渉を進めている当事者達は、契約が破綻する心配よりも、新しい事業協定をうまく締結することに集中しがちである。仲裁の分野が発展している一方で、効果的な紛争解決を目的とする契約条項に必ずしも仲裁の表現が見られないケースも多い。

4.157  さらに、同じ主題を対象とする複数国または地域の権利が存在するということは、異なる国の裁判手続きに訴える必要を回避する紛争処理手続きが必要であることを示している。複数の別個の国々における請求手続きが存在する場合でなくても、国籍の異なる2当事者が対立する場合であれば、一方当事者の裁判制度を回避する紛争処理手続きが必要になる。

4.158  近年の知的財産保護の発展を別にしても、従来のADRの利点は、特に知的財産権に適しているものが多いといえる。複数の法域にまたがることが多いという知的財産紛争の性質、および、それらの紛争を1つの法廷で解決する機会については、すでに述べたとおりである。これに加え、特許、営業秘密、著作権および植物品種権により保護される高度に技術的・科学的な主題においては、専門知識を有する中立の第三者を選任できるという点も極めて重要である。多くの国では専門の裁判所が存在しており、専門家の支援を要請することも可能であるが、むしろ、専門的な関連知識を有する専門家を少なくとも1名含む仲裁裁判所に委ねる方が、効率的といえるかもしれない。さらに、紛争の過程でノウハウその他の秘密情報が外部に漏れる可能性があるという場合には、仲裁手続き等の秘密保持性がその効果を発揮する。

4.159  上記に述べた近年の知的財産保護の発展を背景に設立されたWIPO調停・仲裁センターは、4つの紛争処理手続きに関するサービスを提供している。

4.160  調停:中立的な立場の調停人が、紛争の両当事者の要請に基づき、和解を強制する権限なしで、それぞれの利益を尊重しながら両当事者が相互に満足できる和解に達することができるよう支援する手続き。

4.161  仲裁:両当事者の合意により、両当事者が採用する法および手続きに従い、相互に受入可能な仲裁人または仲裁裁判所に紛争を付託する手続き。仲裁判断は拘束力を有する。

4.162  調停と仲裁の併用:両当事者がまず調停を通じて紛争解決を目指すことに合意する。調停で和解が成立しない場合、いずれの当事者も、拘束力を有する判断を求めて紛争を仲裁に付託することができる。

4.163  簡易仲裁:規則により仲裁人と当事者の選択肢が限定される仲裁手続き。迅速かつ低費用で結果を得ることが目的。この手続きは、特に、人的コストまたは経済コストの観点から裁判所での訴訟や通常の仲裁手続きでは割に合わない小規模の紛争に実用的な手続きである。

4.164  上記の4つの手続きに関連してWIPOが提供するサービスは、基本的に2種類だけである。1つ目は、WIPOが管理するいずれかの手続きに従い、紛争の解決に関連する証書を両当事者が入手できるようにすることである。2種類の証書、つまりモデル契約条項と、4つのいずれかの手続き開始に同意するための同意書が必要とされ、さらに各手続きにおける行動基準、つまりWIPO仲裁規則、WIPO簡易仲裁規則、WIPO調停規則、および手続き併用に関する規則が必要である。

4.165  WIPOが提供する2つ目のサービスは、上記の規則に由来する。規則には、次に記載する例などを含む紛争処理手続きにおける行動につき、国際事務局がある一定の機能を果たすことを規定している。

調停または仲裁手続き開始の通知を送達する。
調停人または仲裁人につき紛争当事者が合意に達しない場合に、両当事者と協議し、規則に定める手続きに従い、調停人または仲裁人を選任する。
この目的のために、WIPO調停・仲裁センターは、中立性が保証される知的財産権分野の専門家の膨大なデータベースを維持する。同センターは、当事者らの要請により、同センターの管轄外の案件であっても、中立的な人材の照会サービスを無償で提供する。
調停人、仲裁人および当事者らと協議し、調停人または仲裁人の報酬およびその支払方法を決定する。さらに、手続き中および手続き後、調停または仲裁の報酬および費用の供託金を管理し、その管理している勘定を紛争当事者ら支払う。
調停または仲裁の開催地がジュネーブの場合、紛争当事者らの要請により、会議室および秘書的な仕事や通訳を行うための施設を無償で提供する。

4.166  上記に記載するサービスは、世界中どこでも利用可能である。WIPO規則は、ライセンスに関する紛争など、特に知的財産権を背景とする紛争に適しているが、あらゆる種類の商業紛争の解決のために役立っている。同規則に定める手続きは、世界中どこでも、いずれの言語であっても、また、両当事者が選択するいかなる法に基づいても適用することが可能である。

4.167  仲裁および調停サービスの提供に加え、WIPO調停・仲裁センターは、仲裁および調停に関する協議会の主催、仲裁人や調停人のためのワークショップの企画・開催を行っている。

WIPOによるインターネットドメイン名に関する紛争処理

4.168  インターネットドメイン名が発展し、商業的な使用が発達するにつれ、商標やその他の知的財産権と対立するケースが増加してきた。1999年12月、WIPO調停・仲裁センターは、ICANN(the Internet Corporation for Assigned Names and Numbers)が採択した統一ドメイン名紛争処理方針(UDRP)に基づく最初の紛争処理サービス提供機関となった。「WIPOインターネットドメイン名手続きに関する報告」においてWIPOが行った提言に基づき、UDRPは、商標権者らに対し、商標権に対応するドメイン名を悪意の第三者が登録および使用することに起因する紛争を効率的に解決するための行政的枠組みを提供している。UDRPは、「.com」、「.net」および「.org」などの汎用トップレベルドメイン名(gTLDs)の登録にも適用される。この枠組みは、仲裁ではなく行政的な性質であるので、手続きの開始は商標権者の選択権に基づく。商標権者らは、UDRPの利用に代えて、あるいはこれに追加して、裁判所に訴えることもできる。一方、ドメイン名登録者は、自己が保有するドメイン名に関連して異議が申し立てられた場合、UDRP手続きに従わなければならない。しかし、この手続きで不利な判断が下された場合には、ドメイン名登録者も裁判所に訴えることができる。

4.169  UDRPの適用は、悪意による登録と使用が行われたケースに限定される。申立人は、有利な判断を勝ち取るためには、次の3つの項目すべてを立証しなければならない。(i)登録者のドメイン名が、申立人が権利を有する商標またはサービスマークと同一または混同を引き起こすほどに類似しており、かつ(ii)登録者が、そのドメイン名に対する権利または正当な利益を有しておらず、かつ(iii)登録者のドメイン名が、悪意をもって登録かつ使用されていること。UDRPは、悪意の例をいくつか記載している。たとえば、商標権者に売却することや、第三者の商標との混同を生じさせやすくすることで登録者のサイト閲覧者を増やすことなどを目的としてドメイン名を取得したことを示唆している場合である。

4.170  WIPOセンターが被告側に対し、異議申立が同センターに提出されたことを通知した後、被告は、20日以内に回答書を提出しなければならない。回答書提出の2週間後、同センターが選任する独立のパネル(1名または3名からなる)による決定およびその理由が交付される。パネルがドメイン名の譲渡または取消(これらの処分が唯一の救済措置であり、特に金銭的賠償による救済は排除される)を命じた場合、登録者は、その決定内容を実行する義務を負う。ただし、不利な命令を受けたドメイン名登録者は、パネルの決定から10日以内に申立人を相手取り裁判所に訴えることができる。同センターは、訴えが提起された旨の通知と、決定の全文をインターネット上に掲載する。

4.171  WIPOセンターは、UDRPの案件にかかる文書提出および行動に特化したサービスを確立した。同センターは、適用される料金などについて規定する補足規則を採択した。同センターのウェブサイトは、当事者らのために、WIPOのドメイン名紛争処理サービスを利用するための効率的なオンラインシステムを提供している。このシステムは、センターのパネリスト名簿に掲載されている中立的な人物で、様々な国を出身国とする独立の商標およびインターネット専門家でもある人物に関する膨大な経歴情報を提供している。ソースドキュメントや手続きに関するフローチャート、および実務ガイドなどに加え、センターは、手続きの申立および回答のモデル書式を掲載している。これらの書類は、センターのウェブサイトを通じて、または電子メールの添付書類として、オンラインでセンターに提出することができる。WIPOのすべての手続きは、ほとんどオンラインで実行し、管理することができる。関係者すべてにとって、相当の時間(平均的な手続き所要期間は2カ月にも満たない)と費用の節減効果をもたらしている。

4.172  制度のシンプルさは、料金体系にも及ぶ。手続き費用は通常、申立人が全額負担する。申立人は、センターのサービス料とパネルに支払われるべき報酬の両方を含めた固定金額を支払う。WIPOの料金体系においては、実際の料金水準は、手続きにかかわるドメイン名の数、および決定を行うパネルのメンバーが1名か3名かによって左右される。

4.173  WIPOのドメイン名紛争処理サービスは、膨大な需要に応えている。UDRPの適用範囲を、知的財産権に関連する他の権利に影響を及ぼすドメイン名紛争を網羅するように拡大するという提案、汎用トップレベルドメイン名(gTLDs)の追加、異なる言語でドメイン名を登録する可能性、そして各国の国別コードトップレベルドメイン(ccTLD)登録機関の要請に基づく同様の紛争処理サービスの導入などによって、ドメイン名紛争に関するセンターの役割がさらに拡大していくものと考えられる。